人を育てたいなら「当たり前」は捨てるべき理由

こんにちは。昨日飲みすぎてアタマがぼんやりしている佐々木です。うーん。お酒強くなりたいな~。カッコつけてバーに入ってカクテルなんか頼むからいけないんだよな~。

さて。人を育てる上で、じゃまになる考え方があります。「当たり前」です。

「こんなかんたんなこと、できて当たり前でしょう」

無意識にそう思ってしまっていると、人を育てたり、人にやる気を与えることがうまくできません。その理由とは…

 

あなたにとっての当たり前は、相手にとっての当たり前ではないかもしれない

 

例えば、学校から課された提出物を提出するのは「当たり前」ですよね。

でも、普段提出物を出さない人が提出物を出したとしたら?

普段授業中に寝ている子が起きて授業を聞いていたとしたら?

あなたはどう思うでしょうか。

提出物を出すのも、授業中に寝ないのも、一般常識的には「当たり前」です。だから多くの人は、普段サボっている子が何かしても、何もいいません。それはできて当然だから。

でも、考えてみてください。

提出物を出さない子にとっては、出さない状態が「当たり前」です。

普段寝ている子にとっては、授業で寝ることが「当たり前」です。

その子達が提出物を期限内に出し、授業で寝ずに起きているとしたら、それは決して当たり前ではなく、良い変化です。

そう考えると、ちょっと気になりませんか?

一体どんな心境の変化があったのか。どうして提出物を出す気になったのか。どうして授業中に寝るのをやめたのか。気になっちゃいます。

 

当たり前を捨てる

人を伸ばしたいなら、自分自身にとっての「当たり前」から一旦離れてみましょう。

提出物を出すことも、授業中起きて真面目に聞くことも、一般的には当たり前のことかもしれません。

ですが、もし相手を伸ばしたい、育てたいと思うのであれば、当たり前で切り捨ててしまうのはあまりにももったいないです。

ほんの少しでもいい行いがあったら、ほめる。認める。

良いことをしたら、「それは良いことだ」と言うメッセージを伝えて、継続できるように支援してあげましょう。

 

基準は昨日のその人

当たり前というのは、その人自身の価値観あるいは世間一般の常識から来ています。自分はそうだったから。あるいは、周りがそうだから。その基準に照らし合わせてそう考えてしまう。

でも、大切なのは常識に凝り固まったり、常識に当てはまることではないはず。

本当に大切なのは、相手が成長して、できるようになること。

周囲の基準と比べたら、いつまで経っても満足は得られません。

世間には、提出物を出し、授業をきちんと聞き、成績上位になることが当たり前の人もいるわけです。周りを見たら、もっと凄い人はたくさんいるので、比較を始めたらキリがありません。

 

小さなお子さんを育てたことがある方なら、分かるかもしれません。赤ちゃんがハイハイできたとか、歩いたとか、しゃべったとか、そういった小さな成長が嬉しくて嬉しくて仕方がなかったのではないでしょうか。

他の人と比べて遅いとか、もうこの月齢ならこれができて当たり前でしょうなんて言わないはずです。

それと同じで、今まで勉強でできなかったことがあったとして、それができるようになったとしたら、喜ばしいことですよね。

 

良い変化に敏感になろう

私はお酒が全く飲めませんでしたが、1杯飲めるようになり、2杯飲めるようになり…と少しずつ成長しました。酒豪の方からしたらツマラナイかもしれないですが、自分よく頑張ったな~と思っています。いきなり何の話でしょうね(笑)

勉強しない人に勉強をしてほしいなら、やる気のない人を育てたいのなら、小さな変化に敏感になってみてください。

こんなことができるようになったとか、昨日よりここができるようになったとか。

やる気がなかった人が、ほんの少しでも動いたなら、それはすばらしい進歩なんです。まずはその第一歩を喜んでみましょう!

相手も嬉しいし、指導する側もきっと楽しいですよ!

 

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