やりたいことがない私は経営者失格なのかもしれない

「やりたいことはなんですか」

昨日、飲みの席で友人から質問されました。友人は、自分の夢やビジョンを私に聞かせてくれました。すばらしいことだと思います。

でも、この質問、いつも困ってしまいます。

なぜなら、わたしには、やりたいことがないからです。

経営者失格?

フリーランスは、自分のやりたいことを実現することができる。自分が軸であり、自分が主体で、渦の中心となること。

やりたいことがあって、強い思いがある人こそ、経営者なり、フリーランスになるべきだと思う。だから、やりたいことのないわたしは、経営者として、フリーランスとして失格。いつもそんな思いを抱えていました。

では、わたしはいったい何を支えに、何を軸に動いてきたんだろう。

 

誰かのために何かしたい

それは、「だれかのため」というエネルギーでした。

 

あるときは、ナビゲーターになる。
生徒さんが、「○○大学に行きたい」というなら、行ける方法を考える。一般受験で、正攻法で戦うのか、推薦などを利用するのか、どのルートが良いのか、必死で考える。

あるときは、採掘もする。
親御さんが、「うちの子に自信を与えたい」というなら、お子さんの良いところを探してほめる。どんな人にもいいところがあるはず、たとえ今非行に走っていたとしても。原石を全力で掘り出して探す。

あるときは、広報やさん。
会社の偉い人たちが「我が社の認知度向上」といったから、有名になるためにはどんなことをすれば良いのか、考えて、あれこれ考えてきた。

あるときは本屋にもなる。友人が、「独立したいんだ」といえば、持っている情報をシェアする。

あるときにはファシリテーターにもなる。知人が「交流会をやりたい」といえば、企画を作って交流会を主催する。今はできていないけれども。

またあるときはカウンセラーにもなる。友人が、泣きたいときにはただ黙って話を聞く。

さきほど、友人から「性転換手術をしたい」と打ち明けられた。正直なんだそれと思った。LGBTのことも、セクシャルマイノリティのことも、わからない。軽く偏見すらある。それなのに、じぶんにできることはなんだろうと思案している自分がいた。クラウドファンディングくらいしか思いつかないんですけど。

いったいわたしは、何屋さんなんだろう。

もう、よくわからなくなってきた。

 

それも自分の人生なのかな

だから、「やりたいことは何?」と聞かれると、心底困る。

やりたいことなんかない。

目の前に困っている人がいるなら、なにかをやりたい助ける。ただそれだけ。それしかない。

時々、裏切られる。その人のためと思って一生懸命やっても、相手の心には届かないこともある。被害者的な気持ちに苛まれたりもする。私の力不足だったのだろうか。私に自分がいなかったせいだろうか。思い、悩む。

 

だから、私のやりたいことをあえて挙げるとするなら、「やりたいことがある人を応援する」ことなのかもしれない。

この生き方が正しいのか、私にはよくわからない。だって、自分の軸じゃないから。でも、そんな生き方しか、ない。

ただただ、大切な人を大切にする、そんな生き方をしたいだけ。

生徒さんに、親御さんに、友人たちに幸せになってほしい。最終的には恨まれても嫌われても。

自分にできる、小さな一歩を積み重ねることでしか、道は無いのかもしれない。

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