救いたいのは救われたいの裏返し 強くなければ誰も救えない

どうも、佐々木です。

最近、こそこそとこつこつと心理学豆知識の記事をアップしてきました。昨日アップしたのはこんな記事です。

人を助けたい心理 メサイア・コンプレックス[心理学法則のネタ帳]

2017.04.22

メサイアコンプレックスについて。

この記事、相当な反響がありまして。アクセス数が普段の2倍に到達しました。

「私のことでしょうか」

「私もそういうところがあります」

「人を助けようという気持ちに是非などない」等、多数のコメントをいただきました。

この記事は、誰かに向けて書いたものではありません。当然ながら、誰かを傷つけ非難するために書いたものでもありません。では、何のために書いたかというと、自分自身のためでした。

自信のなさを埋めるために

このブログではたびたび書いてきましたが、私はもともと自分に自信がありませんでした。今では随分とましになってきてはいますが、まだまだだと思っています。

自信のない私は、誰かを助けたくて仕方がなかったのです。

自信レベルの満点が100だとすれば、私はつねに30くらいしかなく、残りの70を「誰かに必要とされる」ことで埋めようとしていたのです。

言ってしまえば、「私がいないと回らない」状態を作り上げたかった。残りの70を埋めるために。そんなマインドの人が、教育の仕事をしたら、大変なことになります。

仕事はできるだけ人を依存させないように心がけてきたのですが、問題はプライベートの方でした。SNSで「困っている」という旨の投稿を見かけたら、本人に連絡を取ったり、アドバイスしたりしていました。友人や恋人が困っていると、連絡を取って何とか助ける。それはすべて、自分が必要だと言ってほしかったから。

そこに生きる意味を見出したかったのでした。本当に救いたいのは、相手ではなく、私自身だったのです。

歪んだ感情

 

それが完全に善意ならそれでもいいのでしょうが、私の場合は、誰かから必要とされたいという強い欲求からだったので、正直歪んでいたと思います。

尊敬する女性起業家の方が教えて下さいました。

「満点が100だとして、100未満の状態の人に、人助けなんてできない。120の人が、余った20を人に分け与えることこそ、本当の人助け」

この言葉には頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けました。

 

大切なのは自分自身

だから私は、もうやめます。

自分に足りない部分を、人に求めるのは、もうやめます。

人を依存させることで無価値感を癒そうなんて、おかしいのです。
最終的には両方破滅するでしょう。そんなの意味がありません。

 

自分に足りない部分を埋めて、自信が120まで来た時、心の意味で人助けができるのだと思います。

 

自分自身を強くします。自分を満たします。

私のためではなく、本当の意味で相手のために、正当に人助けをするために。

 

それでもなお、友人のために、誰かのために、全力を尽くす人でいたいから。

 

そのために、自分を強くします。

 

コンプレックスではない、本物の救世主に私はなりたい。

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