「起業女子」に感じる違和感

「起業女子」

最近ではこの言葉が市民権を得てきた。
起業女子とは、企業に属さず仕事をしている女性のことをいうらしい。それなら私も起業女子なのだろうか?
いや、もう「女子」を名乗るのはだいぶ厳しいお年頃かもしれない。。

この「起業女子」というワード、近頃は「意識高い系」と同義語になりつつあるらしい。
意識高い系とは何か?ググったら、なんと辞書に載っていた。

 

自分世間から一目かれている」とか「さらなる自分磨き余念がない」といった雰囲気意識の高さ)を言動端々に匂わせているが、実際に大した実績人脈があるわけではなく全力実現取り組んでいるわけでもなく)、単に「周りからデキる奴と見られたい」ための自己アピールに過ぎない、といった傾向顕著な者を揶揄した言い方

意識高い系の典型的アピール要素としては、過去活動経歴人脈の多さ、人脈の質、生活の充実度、自己啓発取り組み、高いハードルへの挑戦先進的技術サービスへの関心強さビジネスに関する造詣深さ、といった要素が挙げられやすい。平易言葉表現できるところを敢えて難解カタカナ語使いたがる、といった傾向も意識高い系の典型と見なされやすい。

weblio辞書「意識高い系」より引用

 

辞書に載るとは、一般的に使われる言葉になっているということか。

私は、ひとりで仕事をするようになってから、「起業家」と呼ばれることに、抵抗を感じていた。

だからあえて「起業」ではなく、「独立」したと周囲には伝え、自己紹介では「フリーランス」「自営業」と名乗ってきた。
その理由は二つある。一つは、「起業」という言葉の中に潜むキラキラした要素が、どうしても苦手だったからだ。私はキラキラしたいとか、デキる奴だと思われたくて会社を辞めたのではない。起業したいからやめたかったのではなく、辞めたいと思ったから会社を辞めたのだ。その結果、教育という仕事に面白さを見出し、一生かけて徹底的にやっていきたいというところに行き着いた。ただそれだけだ。言ってしまえば、やりたいことをやらせていただいている身分に過ぎない。

もう一つは、起業という言葉の定義にある。私が思う起業とは、なにか社会や業界を変えうるインパクトのある事業を、周囲の人を巻き込んだり融資をえたりして大々的に打ち出すことである。
私がしていることはとても小さなことだ。その人の中に大きなインパクトを残すつもりでいるが、社会を変えたいとか、業界地図を塗り替えたいとか、そんな思いは・・・ない。私の中にいる起業家を検索したけれど、どうにもこうにも見つからない。

仕事を選ぶモチベーションも人それぞれだし、職業に貴賎はない。否定するつもりはない。
だけれども、私は起業女子と呼ばれたくはない。

目の前に、「勉強嫌い」「成績不振」で困っている人が居る。その人のために、やれるだけのことをしているだけだ。一人でも多くの人が、より学び、自信をつけ、自分の人生をより良いものにしてくれれば、それでいい。私の願いは、そんな極めて日常的なものだ。でも、普遍的なものだ。

目の前の人に真剣に向き合うこと。それはとても地道で真剣で泥臭い。キラキラ感などないし、自撮りしている暇もない。

人に向き合うことは誰だってすることだから、社会を変えるディープインパクトがあるわけでもない。

ただ、必要と思うから、自分がそれをやりたいと思うから、している。そういう働き方があってもいいのではないだろうか。

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